還暦を越えても「一生ふっくん」の痛快さ――シブがき隊・布川敏和が令和の今、再び愛される理由
シブ がき 隊 ふっ くんの愛称で日本中のお茶の間を沸かせた布川敏和が、60代の節目を越えた今、不思議な引力で再び人々の関心を集めている。1980年代、空前のアイドルブームのど真ん中で「ヤッくん」「モッくん」とともに時代を席巻したあの少年。トレードマークの個性的なヘアスタイルと、どこか茶目っ気のある笑顔で女子中高生を熱狂させた姿から長い年月が流れた。現在の彼は、孫を溺愛する良き祖父であり、趣味を謳歌する等身大の大人だ。時代の波に揉まれながらも、彼が放つ肩の力が抜けた空気感は、昭和を知らない若い世代にまで心地よく届いている。
同世代のアイドルたちが重厚な名優や朝の顔として権威を帯びていくなか、テレビ画面やSNSで見かけるシブ がき 隊 ふっ くんのたたずまいは、驚くほど昔のまま身軽だ。虚勢を張ることもなく、過去の栄光を振りかざすでもない。ときに私生活のドタバタすらも笑いに変えてしまうタフさ。それは計算されたセルフプロデュースというよりも、激動の芸能界を彼なりのペースでサバイブしてきた者だけが持つ、天然のしなやかさに見える。
解隊から38年、モッくん・ヤッくんとは違う「独自のサバイバル術」
1988年、シブがき隊は「解散」ではなく「解隊」という独特の表現でピリオドを打った。その後の3人の歩みは、まるで示し合わせたかのようにバラバラだった。
本木雅弘は映画界へと深く潜り、日本を代表する表現者として孤高の地位を築いた。薬丸裕英は朝の情報番組の顔として盤石のキャリアを確立し、今や芸能界屈指の司会者だ。では、布川はどうだったか。彼はそのどちらでもない、どこか人懐っこいバラエティの海へと泳ぎ出していった。
決して器用なタイプではない。だが、旅番組で見せる飾らないリアクションや、愛車や釣りについて熱弁を振るう姿は、視聴者に「隣の気のいい兄ちゃん」がそのまま歳を重ねたような親近感を抱かせた。誰かの引き立て役に回ることも厭わず、自分の立ち位置を過大評価しない。このエゴの薄さこそが、浮き沈みの激しい芸能界で彼が息長く生き残ってきた最大の武器だったのではないか。
「おじいちゃん」としての日常と、SNSで見せる無防備なプライベート
近年の布川を語る上で欠かせないのが、祖父としての顔だ。ブログやSNSを開けば、孫との触れ合いに目尻を下げ、相好を崩す姿が当たり前のように並んでいる。
演出されたインフルエンサーの投稿とは対極にある、生活感丸出しの日常。近所の蕎麦屋で舌鼓を打ち、愛犬を散歩させ、家族の成長を素直に喜ぶ。そこには「元スーパーアイドル」というプライドの残滓は見当たらない。写真の画角が少しズレていようが、キャプションが少し親父ギャグ混じりであろうが、彼はお構いなしに日常を切り取って投下する。
この無防備なまでの自己開示が、フィルターで加工された世界に疲れた読者の心をふっと緩ませる。芸能人でありながら、生活者としての実感を手放さない彼の姿勢は、同年代のシニア層だけでなく、子育て世代からも温かい共感を集めている。
元妻・つちやかおりとの「離婚後」に築いた新しい家族のかたち
布川敏和の人生を語る上で、2014年の離婚劇を避けて通ることはできない。おしどり夫婦と呼ばれた元アイドル同士の別離は、当時連日のようにワイドショーを騒がせた。
しかし、ドラマはそこで終わらなかった。世間が予想したような泥沼の絶縁劇にはならず、年月を経て彼らがたどり着いたのは、互いの自立を尊重しつつ子や孫を真ん中に置く「新しいパートナーシップ」だった。誕生日や家族のイベントには顔を揃え、孫の誕生を共に祝う。元夫婦でありながら、同志のような関係性へと昇華させたのだ。
「別れたら他人」という固定観念を軽やかに飛び越えたその姿は、家族のかたちが多様化する現代において、ひとつの成熟した回答のようにも映る。意地を張り合わず、寛容であること。布川の持つ根の優しさが、この着地点を手繰り寄せたのは間違いない。
昭和ポップス再燃――令和の若者が面白がる「シブがき隊」の異質さ
いま、世界的なシティポップブームの副産物として、昭和アイドル歌謡の再評価が劇的なスピードで進んでいる。サブスクリプションやショート動画アプリを眺めていると、80年代のシブがき隊の楽曲が突如としてミーム化している場面に出くわす。
「NAI・NAI 16」の焦燥感、「スシ食いねェ!」の狂気すら孕んだエネルギー。80年代のアイドルソングの中でも、シブがき隊のディスコグラフィは異様なほどの熱量とアヴァンギャルドさに満ちていた。その中で、コミカルなパートや軽快なステップを担当していた布川の存在感は、若いリスナーの目に「最高にイカしたポップアイコン」として映っている。
完璧にプロデュースされた現代のボーイズグループにはない、汗臭さと愛嬌、そして少しのバカバカしさを本気でやり切るパワー。昭和の熱気を全身で体現していた当時の姿が、デジタルネイティブたちの感性を激しく揺さぶっている。
「かっこつけないこと」のかっこよさ――還暦世代のロールモデルへ
歳を重ねるにつれ、人はどうしても過去の実績を鎧にしがちだ。老いを隠そうと抗い、若者に説教を垂れたくなるのが人間の常かもしれない。だが、布川敏和はそうした老害化のトラップを軽々とすり抜けていく。
体の衰えを自虐で笑いに変え、新しい趣味に目を輝かせ、若手タレントの意見にも素直に耳を傾ける。「ふっくん」というパブリックイメージを窮屈に思うどころか、むしろその愛称に身を委ねて人生を楽しんでいるフシすらある。
アンチエイジングに血道を上げるのではなく、あるがままの自分を受け入れて笑う。そんな彼の生き方は、定年や加齢という現実に直面する同世代の男性たちにとって、肩の荷を下ろしてくれるような救いになっているはずだ。「かっこつけないこと」が、結果としていちばん粋でかっこいい――彼の背中は、静かにそう語っている。
これからの布川敏和:生涯現役の「愛されキャラ」が描く未来図
大御所然とした風格を漂わせる気は、おそらく本人にも毛頭ないだろう。これからも彼は、愛車をいじり、釣果に一喜一憂し、孫の笑顔にデレデレしながら、時折テレビに出てはお茶の間を和ませるはずだ。
かつて武道館を熱狂させたアイドルは、半世紀近い時間をかけて、日本で最も身近で憎めない「親戚のおじさん」のようなポジションを確立した。それは決して意図して作れるものではない。どんな時代にあっても自分を偽らず、目の前の日常を愛し続けてきた布川敏和だからこそ辿り着けた境地だ。
いくつになっても、みんなの「ふっくん」。その笑顔が画面にある限り、私たちの日常にはほんの少しのぬくもりと、昭和から続くあの懐かしい陽気さが灯り続ける。 (出典: シブ がき 隊 ふっ くん(Yahoo!ニュース))