脱退から30年、52歳の森且行が今も背負う「6人目の覚悟」——仲間たちの現在地と消えない青い炎
森 くん smapという響きには、30年が経過した2026年の今なお、決して褪せることのない特別な熱量が宿っている。轟音が空気を震わせる川口オートレース場のスタンド。耳をつんざく爆音とオイルの焦げる匂いの向こうに、かつて同じ光を浴び、そして別々の荒野を選んだ6人の少年たちの影が揺らめく。これは単なる元トップアイドルの華麗な転身記録ではない。命を削りながら時速150キロの鉄馬に跨がり続ける男の、泥と汗にまみれた剥き出しの生存証明だ。
骨盤骨折という致命的な大事故から執念のカムバックを果たし、50代を迎えてなお一線級のレーサーとして走る森且行。ファンの熱情だけでなく、日本のエンタメ界の文脈においても森 くん smapという不可分の絆は一切色褪せていない。中居正広、木村拓哉、そして新しい地図の3人——それぞれが異なる場所で闘い続ける盟友たちの言葉の端々には、今も森への無言の敬意が滲む。あの涙の会見から30年。彼らが交わした約束の「現在地」を追った。
約束から30年——1996年5月の決断が変えた「それぞれの軌跡」
時計の針を1996年に巻き戻す。グループの人気が臨界点を迎え、国民的アイドルへの階段を一気に駆け上がろうとしていたその刹那、森はヘルメットを被る道を選んだ。幼少期からの夢だったオートレーサーへの転身。芸能界の常識ではあり得ない完全な引退であり、事実上のタブー視すらされた別れだった。
当時、会見場にただ一人駆けつけた中居正広の姿を覚えている人は多いだろう。あの夜、メンバーたちが呑み込んだ悔しさと寂しさは、やがて強固な誓いへと変わった。「お互い、それぞれの世界で日本一になろう」。口約束では終わらせない。その言葉が、激動の平成カルチャーを牽引したSMAPの推進力となり、同時に養成所で坊主頭になり過酷な訓練に耐えた森の支えとなった。
別れは終わりではなかった。むしろ、あの激痛を伴う分岐点こそが、彼ら全員に「甘えの許されない覚悟」を植え付けたのだ。
生死を分けた大事故と24本ボルト——それでもアクセルを戻さなかった理由
順風満帆なキャリアなど存在しない。2021年1月、飯塚オートレース場で発生した落車事故は、あまりにも残酷だった。骨盤骨折、腰椎骨折。内臓破裂寸前。医師から告げられたのは「命があるだけで奇跡、二度と歩けないかもしれない」という冷酷な宣告だった。
背骨と骨盤を固定するために埋め込まれた24本ものボルト。想像を絶する激痛。ベッドの上で自力寝返りすら打てない日々が続いた。常人であれば引退を考える局面だ。すでにSG制覇を成し遂げ、目標だった「日本一」の称号は手に入れていたのだから。だが、森は諦めなかった。
「まだ、走れる」。リハビリ室から漏れる呻き声、何度も折れそうになる心を支えたのは、病室に届いた仲間たちからの連絡だった。言葉数は少なくても、通じ合うものがある。3年を超えるリハビリと度重なる手術を経て、彼は再びバンクに戻ってきた。その姿に、同世代のファンだけでなく、若い世代までもが息を呑んだ。
中居、木村、新しい地図——見えない糸で結ばれた「連絡網」とエール
公の場では長年タブー視されていた名前が、ここ数年で自然とメディアやSNSに溶け込むようになった。2016年のグループ解散時、最後の晩餐に森が同席していたことは今や周知の事実だ。そして2020年のSG初優勝の際、各メンバーが即座に出した祝福コメントの熱量は、世間を驚かせた。
現在もその距離感は独特だ。ベタベタとつるむことはない。木村拓哉が自身のSNSで発するさりげない言葉の端々、中居正広が体調を崩した際に交わされたとされる私信、草彅剛、香取慎吾、稲垣吾郎が番組で見せる飾らない笑顔。それぞれが自立した表現者であり、プロフェッショナルだからこそ、干渉しすぎず、しかし絶対に背中を預け合っている。
かつて事務所の壁に阻まれていた交流は、時間の経過とともに解きほぐされた。大人の男たちが持つ、静かで強靭な連帯感がそこにある。
「元アイドル眼鏡」を叩き割ったSG制覇、そして52歳の現役レーサーの意地
オートレース界において、新人が背負う「元SMAP」という看板は、決してアドバンテージではなかった。色眼鏡で見られ、やっかみを受け、少しのミスでも嘲笑の対象になりかねない環境。森はそれを、誰よりも油にまみれ、誰よりも遅くまで整備場に籠もることで跳ね返した。
2020年11月、川口で開催された日本選手権。悲願のSG初制覇を果たした瞬間、ヘルメットの中で流した涙は、24年間の偏見との孤独な戦いに終止符を打った証だった。元アイドルが勝ったのではない。1人のオートレーサー、森且行が頂点に立ったのだ。
52歳となった現在も、彼のレーススタイルは攻撃的だ。若手が台頭する中で、コースの内側を果敢に突く。身体には今も古傷の痛みが走り、ボルトを抜いた痕が疼く。それでも「走る姿を見せることが恩返し」と語る瞳には、一切の迷いがない。
なぜ日本人は「6人のSMAP」の残光にこれほど惹かれ続けるのか
アイドルグループの脱退や解散は、日常茶飯事のニュースとなった。だが、なぜこの6人の物語だけが、これほどまでに日本人の琴線に触れ続けるのだろうか。
答えは、彼らが体現した「人生のリアリティ」にある。完璧にパッケージされたファンタジーではなく、挫折、衝突、別離、怪我、病気、そして社会的な障壁。誰もが人生のどこかで直面する理不尽な困難に対し、彼らは逃げずに泥臭く抗い続けてきた。
華やかなステージから油まみれの整備場へ飛び込んだ森。事務所に残り孤高の道を歩む者、個人事務所を立ち上げて荒波を泳ぐ者、全く新しいプラットフォームで表現を切り拓く者たち。6通りの生き様が、今を生きる同世代や後続の世代にとって、格好の人生の道標となっている。
これからの森且行——チェッカーフラッグの先に見据える「最終章」
レーサーとしての時計は、確実に残り時間を刻んでいる。オートレースの世界において50代はベテラン中のベテラン。だが、本人は引き際を他人に決めさせるつもりはないようだ。
「乗れなくなるまで乗る。ファンと、信じてくれた人たちに、チェッカーフラッグを受ける姿を見せ続ける」。その言葉は、かつて日本中を熱狂させたステージの輝きよりも遥かに重く、深い説得力を持つ。
2026年、それぞれの場所でそれぞれの嵐を抜けた男たち。いつの日か、再び全員がひとつの画面に収まる日が来るのか、それは誰にも分からない。だが、そんな形式的な再結成などなくてもいいとファンは知っている。森且行がコースを駆け抜け、仲間たちがそれぞれの現場で戦っている限り、彼らの物語は今この瞬間も、同時に進行しているのだから。 (出典: 森 くん smap(Yahoo!ニュース))