「16歳で妻になる」が消えた日本の現在地――法改正から数年、若年婚の終焉が浮き彫りにした10代の孤独と現実

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「16歳で妻になる」が消えた日本の現在地――法改正から数年、若年婚の終焉が浮き彫りにした10代の孤独と現実
「16歳で妻になる」が消えた日本の現在地――法改正から数年、若年婚の終焉が浮き彫りにした10代の孤独と現実
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結婚 16 歳という選択肢が日本の法制度から完全に姿を消し、2026年の今、かつて当たり前のように容認されていた「女子の早婚」は制度上、過去の遺物となった。2022年4月に施行された民法改正に伴う経過措置も完全に役目を終え、婚姻適齢は男女ともに18歳へと完全に一本化された。かつて高校1年生の年齢で婚姻届を提出していた少女たちの姿は、行政の窓口から消えた。だが、形式的な法改正の完了をもって、問題そのものが解決したと言い切れるだろうか。答えはそれほど単純ではない。

かつての法制下で年間数千件ほど記録されていた結婚 16 歳という生き方の背景には、単なる個人の恋愛感情だけでなく、予期せぬ妊娠、家庭内の虐待、あるいは経済的困窮からの脱出といった過酷な現実が複雑に絡み合っていた。法律上の年齢制限を引き上げたからといって、少女たちが直面していた生活の困窮や孤立が都合よく消滅するはずもない。制度の扉が閉じられたいま、支援の枠組みからこぼれ落ちた10代のリアルが、より見えにくい場所で深刻化している。

経過措置の終了と「18歳統一」の定着――何が変わり、何が残ったのか

時計の針を少し巻き戻せば、民法改正前の日本において婚姻開始年齢は「男18歳、女16歳」と明確に分かれていた。2022年4月の法改正によって男女とも18歳に統一された際、急激な変化による混乱を避けるため、当時すでに16歳に達していた女性(2004年4月2日〜2006年4月1日生まれ)には旧規定を適用する経過措置が設けられていた。

それらの対象者全員が成年に達したことで、移行期間は名実ともに終了した。現在の婚姻届受理窓口において、16歳や17歳での婚姻届は親の同意があろうとも受理されることはない。法的には「成人の自己決定に基づく婚姻」への一本化が完了した形だ。

だが、現場を歩くと異なる景色が広がる。福祉関係者や若者支援のNPOのもとには、結婚という制度的避難所を失った未成年からの相談が絶えない。制度は変わったが、人が生きる現実の厳しさは変わっていないのだ。

「女子だけ16歳」という明治以来の遺物――撤廃への長すぎた助走

そもそも、なぜ女子だけが16歳での結婚を許されていたのか。その起源は明治民法にまで遡る。当時の説明は「心身の発育速度の違い」という、前時代的なジェンダー観に基づいていた。女性は男性よりも早く身体的に成熟し、学業よりも家庭に入るのが自然である――そんな固定観念が、100年以上にわたって法体系の根幹に居座り続けていた。

法制審議会が「男女とも18歳」への統一を答申したのは、実は1996年のことだ。実に四半世紀以上もの間、法改正は先送りにされ続けた。「伝統的な家族観」を重んじる保守層の抵抗や、単に後回しにされてきた政治の不作為が、改革の足を引っ張り続けた結果である。

男女共同参画や人権保障の観点から見れば、16歳婚の撤廃は遅すぎた是正に過ぎない。性別による不合理な格差を埋めたという点では、この改革は確かに前進だった。しかし、その是正によって何が剥ぎ取られたのかという検証は、十分になされないまま時間が過ぎていった。

予期せぬ妊娠と退学の連鎖:制度の隙間に取り残された10代の母たち

16歳結婚の多くは、実質的に「予期せぬ妊娠(いわゆる授かり婚)」と密接に結びついていた。かつては、妊娠した高校生カップルが親の同意を得て籍を入れ、男性側の実家や親族の支援を受けながらなんとか生活をスタートさせるというルートが辛うじて機能していた側面がある。

だが、婚姻が18歳からとなった現在、16歳や17歳で妊娠した女性は「未婚の母」として孤立無援の立場に立たされやすい。学校側が妊娠を理由に自主退学を促す慣行は、文部科学省の指導が入りつつも、水面下では依然として根強く残っている。

「婚姻という社会的承認」を失った少女たちは、教育の機会を奪われ、パートナーとも法的な家族関係を結べず、経済的基盤のないまま孤立した育児へと追い込まれる。制度の厳格化が、皮肉にも社会的弱者である若い母親への打撃を深めている側面は否定できない。

「児童婚」撲滅という国際基準と、内政のジレンマ

日本が結婚年齢の引き上げを急いだ背景には、国際社会からの冷ややかな視線があった。国連の「子どもの権利委員会」や「女子差別撤廃委員会」は、長年にわたり日本に対して婚姻最低年齢を18歳に統一するよう繰り返し勧告を行ってきた。

国際基準において、18歳未満の婚姻は一律に「児童婚(Child Marriage)」と定義される。開発途上国における人権問題として語られがちな児童婚だが、日本のような先進国が16歳の女子の婚姻を合法としていた事実は、国際会議の場において格好の批判の的だったのだ。

国際公約としての基準達成は果たされた。だが、外圧によって法制度を整えた一方で、内政におけるセーフティネットの構築は後手に回った。諸外国のように若年層の生計を支える給付金や、学業継続のための育児サポートが不十分なまま「年齢の扉」だけを閉ざした結果、その歪みは最も無防備な世代へと押し付けられている。

「駆け込み寺」としての結婚を失い、SNSの闇へ流れる若者たち

かつて、機能不全家族や虐待から逃れるための「合法的な家出」として機能していたのが、結婚という選択肢だった。未成年であっても、親の同意(あるいは法的手続き)を得て結婚すれば、民法上の成年擬制によって親の親権から脱することができた。

成人と認められる道が18歳まで完全に閉ざされたいま、家庭に居場所のない16歳や17歳の少女たちはどこへ向かうのか。向かう先は、繁華街の路地裏や、SNS上の「神待ち」掲示板だ。誰かも分からない大人のもとに身を寄せ、性的搾取や暴力の被害に遭うリスクは、数年前と比べて格段に跳ね上がっている。

制度が「安全な避難経路」を塞いだ結果、若者たちはより危険で不可視な地下水脈へと追いやられている。結婚という制度が抱えていた歪みを正したはずが、より深刻な治安と人権の危機を呼び込んでいるという皮肉な現実が横たわっている。

年齢の引き上げだけでは終わらない、これからの若年支援

婚姻適齢を18歳に引き上げたこと自体は、子どもの権利を守るための世界的な潮流に合致した正しいステップだった。問題は、その先にある「生き延びるための選択肢」を社会が用意してこなかった点にある。

16歳や17歳が結婚を選ばざるを得なかった背景には、常に貧困、教育の断絶、家族の崩壊があった。これらを解決しないまま年齢制限だけを課すのは、治療を施さずに症状に蓋をする行為と変わらない。問われているのは、若年層の自己決定権を尊重しつつ、いかにして彼ら・彼女らの生活を社会全体で下支えできるかだ。

「結婚ができない年齢だから安心」なのではない。制度からこぼれ落ち、声を上げることすら諦めた10代がいる。その現実にどう向き合うのか、法改正後の静けさの中で、日本の社会保障と福祉の真価が試されている。 (出典: 結婚 16 歳(Yahoo!ニュース))