巨額資産と看板を背負う「3兄弟の素顔」——美容医療の帝王・高須克弥が残す血脈と2026年の継承劇
高須 克弥 子供たちの動向に、医療界のみならず世間の耳目が改めて集まっている。昭和から平成、そして令和を破天荒なエネルギーで駆け抜け、「Yes! 高須クリニック」のフレーズを列島に刻み込んだ高須克弥院長。米寿を視野に入れる2026年、美容医療の巨人を取り巻く環境は大きな転換点を迎えている。希代のカリスマが築いた巨大な城を前に、3人の息子たちは父の背中をどう見つめ、いかなる足跡を刻もうとしているのか。
世間が抱きがちなセレブ一族の放蕩話とは程遠い。高須 克弥 子供の人生を取材すると、浮かび上がってくるのは驚くほど愚直な職人気質と、徹底したリアリズムだ。父の過激な発言や桁違いの散財劇の裏で、息子たちはそれぞれ白衣をまとい、メスを握り、自らの腕一本で患者と向き合い続けてきた。偉大すぎる創業者を持つ二世たちの矜持と葛藤、そして令和の医療界における彼らの現在地を追った。
長男・力氏:父と異なる美学を追う「写真家にして形成外科医」
長男の高須力(つとむ)氏は、一族のなかでも独特の立ち位置を保ち続けている医師だ。美容外科・形成外科のフィールドで着実に経験を重ねる一方、彼にはもうひとつの顔がある。プロのスポーツ写真家としての顔だ。
ピッチやリングサイドに立ち、研ぎ澄まされたファインダー越しにアスリートの一瞬を切り取る。外科手術とスポーツ撮影——一見すると無縁に見える2つの領域だが、関係者は「瞬時の判断力と空間認識力、そしてミリ単位の集中力を要する点において、力氏の中では完全に同義なのだろう」と口を揃える。
父親のようにスポットライトの真ん中に立ち、大衆を煽るようなパフォーマンスは好まない。クリニックの現場でも淡々と、しかし極めて精密にメスを振るう。派手な宣伝文句に頼らず、結果で語るそのスタイルは、克弥氏の豪放磊落さとは対極にある「静かなるプロフェッショナリズム」を体現している。
次男・久弥氏:一族のなかで唯一「歯科」を選んだ職人のリアリズム
三兄弟の中で異彩を放つのが、次男の久弥(ひさや)氏だ。兄と弟が美容外科・形成外科へ進むなか、彼が選んだのは歯科医療の世界だった。
美容外科と審美歯科は、本来であれば顔面の美しさを構築するうえで車の両輪となるべき関係にある。しかし、同じクリニックグループ内であっても、医科と歯科の壁は決して低くない。久弥氏はその境界線に立ち、口腔内から患者の機能と審美を追求するルートを選び取った。
メディアへの露出は三兄弟の中で最も控えめだ。だが、現場での信頼は厚い。「親の七光りなど、口の中を覗き込めば何の意味も持たない」と言わんばかりに、マイクロスコープや補綴(ほてつ)器具を操る指先は極めて繊細だ。父のネームバリューに寄りかかることなく、自らの領域を淡々と切り拓いてきた姿に、高須家の血筋に流れる「職人としての頑固さ」が透けて見える。
三男・幹弥氏:YouTube登録者数と圧倒的発信力で担う“現代の顔”
世間が「高須クリニックの後継者」として真っ先に思い浮かべるのは、間違いなく三男の幹弥(みきや)氏だろう。高須クリニック名古屋院の院長を務め、YouTubeやSNSを通じた情報発信で圧倒的な知名度を誇る。
父・克弥氏の持つ爆発的な瞬発力とは異なり、幹弥氏の語り口は常に冷静で論理的だ。美容整形のリアルなリスク、巷のトレンドに対する忖度のない評価、さらには時事問題や人生相談に至るまで、視聴者が抱く疑問を淡々と解体していく。そのフラットな姿勢が、若年層を中心に絶大な信頼を獲得している。
「父の真似をしても勝てない。自分は自分のやり方で医療の真実を伝える」
幹弥氏が動画内で時折見せるそのスタンスは、偉大なカリスマに対する敬意と、同時に強烈な独立心の表れでもある。父がテレビや新聞というマスメディアを使ってブランドを築いたとすれば、息子はデジタル空間で徹底的な透明性を武器に、新たな「高須ブランド」を再定義しているのだ。
亡き母・シズ子氏の教えと「医師免許がなければ勘当」の猛烈教育
高須家の子供たちを語る上で、2010年に他界した母・シズ子氏の存在を抜きにすることはできない。克弥氏とともに高須クリニックを創業し、経営の実務を取り仕切っていた彼女こそが、息子たちにとって最大の教育者であり防波堤だった。
克弥氏は生前、息子たちに対して極めてシンプルなルールを課していた。「医師免許を取れ。取らなければ勘当だ」。どれほど贅沢な環境で育てられようと、自分の手で資格を勝ち取り、自立して生きる術を持たなければ一族として認めない。そんな過酷な条件を、息子たちは全員クリアしてみせた。
甘やかされることのない環境で培われたのは、特権階級の驕りではなく、「技術がなければ明日には放り出される」という強烈な危機感だった。母が遺した経営哲学と、父が背中で見せた破滅的なまでの情熱。その両極のバランス感覚が、いまの息子たちの地に足の着いた診療スタイルを支えている。
遺産分配とクリニック経営の行方:2026年に問われる「YES」の継承
「全財産は寄付する。子供たちには遺産なんて一円も残さない」
克弥氏がメディアで幾度となく公言してきたこの言葉は、単なるリップサービスではない。慈善活動や災害支援、スポーツ支援に湯水のように私財を投じる父の姿を、息子たちは長年見届けてきた。そこに不満を漏らすどころか、すでに自分たちの手で十分な収益基盤とキャリアを築き上げているという事実が、この一族の特異性を物語る。
しかし、2026年の美容医療業界はかつてない激変期にある。大手チェーンによる価格破壊、韓国をはじめとする海外勢との競争、そしてAI診断の台頭。かつて克弥氏がひとつの看板で押し切った市場は、いまや高度な組織力と緻密なブランディングが求められる戦場と化した。
父の個人商店的カリスマ性に頼る時代は完全に終わった。クリニックの看板をどう守り、どうアップデートしていくのか。遺産という名の金銭ではなく、「高須」という名の重厚な看板そのものをどう引き継ぐかという課題が、3人の肩に重くのしかかっている。
カリスマの父を持つ宿命——息子たちが語る「高須克弥」という怪物の本質
高須克弥という男は、家族にとってどのような存在なのか。取材を通じて見えてくるのは、「英雄」でも「暴君」でもなく、ひとりの「底知れないエネルギーの塊」としての父親像だ。
大病を患いながらもカメラの前では笑顔を絶やさず、パートナーである西原理恵子氏とともに人生の秋を奔放に生きる克弥氏。その規格外の生命力に対して、息子たちは嫉妬や反発を通り越し、ある種の諦念を交えた深い敬意を抱いているように見える。
父を超えようとする必要はない。そもそも、誰もあの怪物の代わりにはなれないからだ。自分たちの領域を守り、誠実にメスを握り続けることこそが、最大の親孝行であり反逆でもある。高須克弥という巨木の下で育った息子たちは、それぞれのやり方でしっかりと地に根を張り、自分だけの花を咲かせようとしている。 (出典: 高須 克弥 子供(Yahoo!ニュース))