パリのランウェイから表現の最前線へ――本木雅弘の息子UTAが2026年に証明した「七光り」を凌駕する独自の地平
本 木 雅弘 息子という看板は、普通の若者であれば耐え難いほどの重圧になり得たはずだ。父は日本映画界の至宝・本木雅弘、母は文筆家で表現者の内田也哉子。さらに祖父母には、戦後日本のカルチャー史に巨大な足跡を刻んだ樹木希林と内田裕也が控える。だが、長男であるモデル・UTA(内田雅樂)の佇まいに、名家の御曹司にありがちな気負いや衒(てら)いは見当たらない。2026年の今、世界のファッションウィークでトップメゾンの新作を纏い颯爽と歩く彼の姿は、誰かの血縁という文脈を完全に脱ぎ去り、独立した一個の表現者として国際舞台に焼き付いている。
190センチを超える規格外の体躯と、東洋の静謐さを漂わせる彫りの深い顔立ち。海外のキャスティングディレクターたちが彼を起用する際、本 木 雅弘 息子という日本国内での肩書など何の意味も持たなかった。自らの肉体と言葉、そして積み重ねてきた実力だけで居場所を勝ち取ってきた足跡は、いわゆる二世タレントという手垢のついたステレオタイプを小気味よいほどに解体し続けている。
190cmの体躯とアメリカ仕込みの闘争心――UTAの原点
UTAのキャリアを語る上で欠かせないのが、長年打ち込んできたバスケットボールの存在だ。幼少期からスポーツに親しみ、中学・高校時代はスイス留学やアメリカの名門校への進学を選んだ。異国の地、容赦のない競争社会の中で、アジア人選手としてコートに立ち続けた日々が、彼の骨太なメンタリティを鍛え上げた。
大学はカリフォルニアのドミニカン大学へ。バスケ推薦で進学した彼にとって、表現の世界は最初から約束されたレールではなかった。むしろ、汗と怪我、勝敗だけが支配する過酷なアスリートの現場こそが彼のリアルだったのだ。その経歴が、現在のランウェイで見せるブレない体幹と、カメラの前に立った瞬間に発散される野生味あふれる集中力に直結している。
「希林流」の薫陶――名前ではなく肉体で語る生き方
背中を押したのは、他でもない祖母・樹木希林だった。生前、自身の進路に迷いを抱いていたUTAに対し、希林は「服を着る仕事なら、客観的に自分を見つめる勉強になる」と淡々と助言したという。芸能界の甘い誘惑を誰よりも警戒し、独自の美学を貫いた希林らしい視点だった。
有名人の孫だからとチヤホヤされることを徹底して嫌った祖母の教えは、UTAの中に深く根付いている。服をただ見せるのではなく、デザイナーの哲学や時代の空気を肉体を通して媒介する。彼がモデルという職業に対して抱くストイックな敬意は、内田家と本木家という特異な血筋から受け継いだ、唯一無二の遺産と言える。
ロンドン移住が育んだ「誰でもない自分」というアイデンティティ
本木ファミリーは2012年、生活の拠点を英ロンドンへと移した。当時まだ多感な少年期を過ごしていた子どもたちにとって、この決断は決定的な意味を持った。東京にいれば否応なく浴びせられる好奇の視線から逃れ、一人のアジア人少年として異文化の荒波に揉まれる環境がそこにはあった。
街を歩いても誰も本木雅弘を知らない。樹木希林の偉大さも通用しない。そんなロンドンのストリートで育まれたのは、「何者でもない自分」から出発するタフな自立心だ。多国籍な友人と交わり、多様なアートや音楽を日常的に吸収した経験が、現在のUTAのボーダーレスな感性を形作る土台となった。
16歳を迎えた次男・玄兎(げんと)――静かに息づくもう一つの個性
長男UTAの活躍が世界の舞台で注目される一方、本木家の次男である玄兎(げんと)の存在にもカルチャー関係者の関心が集まり始めている。2010年生まれの彼は、2026年で16歳。長身の兄や、映画『奇跡』などで早くから演技の片鱗を見せていた姉の内田伽羅とはまた異なる、独自の気配を纏った青年に成長している。
ロンドン育ちの洗練された佇まいと、父・本木雅弘譲りの端正な横顔。家庭内では常に自由な自己決定を重んじる教育方針が徹底されており、周囲が騒ぎ立てるような安易な芸能活動への進出とは一線を画している。思春期を迎えた玄兎が、この先アート、学問、あるいは別の表現分野でどんな選択を下すのか。本木家のDNAを継ぐ若き才能の静かな動向から目が離せない。
父・本木雅弘との距離感――徹底した美意識と寛容な放任
父である本木雅弘自身、常に自己を厳しく見つめ直し、完璧主義に近い美意識と格闘し続けてきた俳優だ。インタビューなどで見せる内省的な語り口は、表現の難しさを知り尽くしているからこその深みがある。
そんなストイックな父と息子の関係性は、かつての昭和的な上下関係とはまるで異なる。互いの領域をリスペクトしつつ、過干渉を避ける現代的な距離感。UTAが世界の大舞台に挑戦する際も、本木は余計な口出しをせず、ただ一人のプロフェッショナルとしてその挑戦を見守ってきた。父の張り詰めた繊細さと、息子のカラッとしたグローバルな大らかさ。このコントラストこそが、現在のUTAの表現に類まれな奥行きを与えている。
2026年のカルチャーシーンで見据える先――血脈の先にある「個」の確立
現在20代後半を迎えたUTAは、ランウェイモデルの枠組みにとどまらず、映像作品へのアプローチやクリエイティブなプロジェクトへの関与など、その活動領域を着実に押し広げている。ルックスやバックグラウンドの特異性だけで消費されるフェーズはとっくに過ぎ去った。
自らのルーツを否定も誇示もせず、ただ静かに引き受けながら、世界標準のフィールドで己の腕前を試し続ける。かつて樹木希林が世間をあっと言わせ、本木雅弘が静謐な演技で世界を唸らせたように、彼もまた彼自身の方法で時代と対峙している。血筋という名の巨大な影を抜け出し、自らの輪郭を世界に刻み込む作業は、今まさに確固たる結実の時を迎えている。 (出典: 本 木 雅弘 息子(Yahoo!ニュース))