桐島かれんと写真家・上田義彦の30年――「表現者夫婦」がたどり着いた、静けさと刺激が同居する暮らしの現在地
桐島 かれん 夫である写真家・上田義彦との歩みは、日本のカルチャーシーンにおいて極めて稀有で、芳醇な調和を見せ続けている。モデル、ミュージシャン、そしてライフクラフトブランド「ハウス オブ ロータス」のディレクターとして独自の審美眼を提示してきた彼女と、静謐な光と影をフィルムに定着させてきた現代屈指の写真家。ふたりが築いてきた生活とクリエイションの境界線は、婚姻関係を結んで30年以上の歳月が流れた現在も、色褪せるどころか成熟の深みを増している。
東京の喧騒から適度に距離を保ち、旅先の記憶や骨董、植物に囲まれた住まいを慈しんできたふたり。単なるライフスタイルアイコンとして消費されることのないその存在感の根底には、表現者としての桐島 かれん 夫・上田義彦の妥協なき眼差しと、彼女自身の奔放でありながら芯の通った感性との、見事なせめぎ合いがある。「おしどり夫婦」という紋切り型の表現では捉えきれない、自立した二つの魂の軌跡を紐解く。
運命の邂逅が生んだ「光と被写体」の濃密な対話
ふたりの出会いは1990年代初頭にさかのぼる。サディスティック・ミカ・バンドの二代目ボーカルを務めるなど、時代のミューズとして圧倒的なオーラを放っていた桐島かれんと、広告写真の世界で独自の叙情的なトーンを確立しつつあった上田義彦。コマーシャルの撮影現場で交差した視線が、すべての始まりだった。
当時から上田のファインダーが捉える彼女の表情には、他のどのフォトグラファーとも異なる特別な空気が漂っていた。ただ美しいモデルを写すのではなく、彼女の内側に宿る野生味や孤独、知性をそのまま掬い取るような距離感。1993年に結婚を発表した際、多くのカルチャーファンが「これ以上ない表現者の結びつき」と感嘆したのも無理はない。
世界的写真家・上田義彦がレンズ越しに見つめた家族の素顔
サントリーウーロン茶や資生堂など、数々の伝説的広告を手がけてきた上田義彦だが、彼のキャリアの中でひときわ異彩を放ち、国内外で高い評価を受け続けているのが、家族の日常を撮りためた写真集『at Home』だ。
そこにあるのは、飾らない桐島かれんの姿であり、生まれて間もない子どもたちの無垢な肌、降り注ぐ朝の光だ。演出された家族写真とは対極にある、生々しくも奇跡のような時間の断片。彼女はかつて、上田のカメラに対して「家の中にいつもカメラがあることは自然なことだった」と振り返っている。撮る者と撮られる者が互いに絶対的な信頼を預け合っているからこそ成立する、究極の私写真がそこには記録されていた。
洋館に息づく美意識――もの選びと空間づくりに見る二人の哲学
夫妻が暮らす東京の洋館は、インテリアや建築を愛する人々のあいだで伝説のように語り継がれている。広々とした庭に茂る四季折々の緑、年月を経て味わいを増した床や壁、そして世界各国から持ち帰られた手仕事の品々。
ふたりの住空間は、決して均質化されたモダンデザインではない。インドのテキスタイル、中国のアンティーク家具、骨董市で見つけた名もなき器。桐島の大胆で色彩豊かなミックス感覚と、上田の研ぎ澄まされた光へのこだわりが、絶妙な均衡を保ちながら共存している。生活を整えることは、自らの美意識を研ぎ澄ますことそのもの。彼らにとって住居とは、作品を生み出すための巨大なアトリエであり、精神の避難場所なのだろう。
4人の子どもたちを育て上げた「自立と放任」の教育論
3女1男、4人の子どもを育て上げた親としての顔も、ふたりの人生を語る上で欠かせない。多忙を極めるトップクリエイター同士でありながら、子育てに対するスタンスは驚くほど風通しが良かった。
細かく口を出すのではなく、広い世界を見せること。幼少期から長期の海外旅行に連れ出し、異文化の雑踏や美しい風景を肌で感じさせた。長女をはじめ、子どもたちはそれぞれアートやデザイン、執筆など独自の道へと進み、成人した現在も強い絆で結ばれている。親が何かに熱狂し、真摯に働く背中をそのまま見せること以上に雄弁な教育はない――ふたりの子育ての結実が、いまの子どもたちの自立した姿にそのまま表れている。
母・桐島洋子の奔放さと、夫との静謐な生活のコントラスト
桐島かれんの人生を語る上で、母である作家・桐島洋子の存在を避けて通ることはできない。未婚の母として3人の子どもを育て、自由と自立を掲げて昭和の日本社会を鮮やかに疾走した伝説の女性。そんな破天荒な母の背中を見て育った彼女が、パートナーとして選んだのが静謐を愛する上田義彦だったという事実は、実に興味深い。
母から受け継いだ冒険心やバイタリティを失うことなく、しかし家庭においては確かな根を下ろし、上田と共に穏やかな日常を丁寧に積み上げてきた。母の強烈な光の洗礼を受けながらも、自分自身のペースと幸福の形を見失わなかったのは、静かに見守り続ける夫の存在が大きな碇となっていたからに違いない。
年齢を重ねてなお更新される、クリエイティブな共犯関係
還暦を迎え、人生の円熟期を迎えてもなお、ふたりのクリエイティビティは停滞を知らない。近年では上田が映画監督として長編を手がけるなど表現の幅を広げる一方、桐島もまた伝統工芸の復興や新たなものづくりの発信に情熱を傾けている。
互いの領域に過度に干渉することはないが、最も厳しい批評家であり、最も熱心な理解者であり続ける関係性。それぞれが自分の足で立ち、自分の眼で世界を見つめながら、同じ屋根の下で夕食を共にする。依存ではなく、共犯。歳月が削ぎ落とした先にあるその研ぎ澄まされた夫婦の形は、パートナーシップの可能性を鮮烈に提示している。 (出典: 桐島 かれん 夫(Yahoo!ニュース))