93歳を迎えたドリフの伝説、高木ブーが今もウクレレを抱えてステージに立ち続ける理由――「現役」の先にある脱力哲学
高木 ブー 年齢を改めて調べ、その数字に息を呑んだ人も少なくないだろう。1933年(昭和8年)生まれの彼は、2026年の今年、93歳という驚異的なマイルストーンに到達した。テレビの黎明期から『8時だョ!全員集合』で日本中のお茶の間を沸かせ、昭和、平成、令和という三つの元号を駆け抜けてきたレジェンド。世間が抱きがちな「90代の老人」という型にはまる気配はどこにもない。
同期や後輩たちが次々と表舞台を去るなか、メディアで度々トピックとなる高木 ブー 年齢の現在地は、単なる長寿記録の更新とはまったく別の輝きを放っている。盟友である加藤茶とともに「ザ・ドリフターズ」の看板を守りつつ、自らのライフワークであるハワイアン音楽のステージでは今なお鮮やかな指さばきを見せる。無理をして若作りをするわけでもなく、ただそこに佇むだけで漂う圧倒的な肯定感。そのマイペースな生き様は、超高齢社会を迎えた日本において、ひとつの奇跡として目に焼き付く。
93歳を迎えても指先は錆びない――ウクレレ奏者としての終わらない冒険
「コメディアンが趣味で楽器を弾いている」と思ったら大間違いだ。高木ブーの音楽キャリアは、ドリフターズへの加入よりもはるか昔、学生時代にジャズやハワイアンに傾倒したところから始まっている。彼にとってウクレレは単なる小道具ではなく、自らの身体の一部そのものだ。
2026年を迎えた現在も、その弦の響きは濁らない。むしろ、余計な力がすべて抜け落ちた演奏は、熟練の職人だけが醸し出せる静けさと深みを帯びている。フェスやソロライブの現場に足を運んだ観客は一様に驚かされる。マイクの前に座り、小さな四弦をポロンと鳴らした瞬間、会場の空気がハワイの心地よい潮風に包まれるのだ。「弾けなくなるまで弾く、それだけだよ」。かつて本人が語った言葉通り、表現者としての歩みは少しも鈍っていない。
「残されたドリフ」としての重圧と、盟友・加藤茶との変わらぬ絆
いかりや長介が逝き、志村けんが突然の別れを告げ、仲本工事までもが旅立った。日本のお笑い史を築き上げた怪物グループ「ザ・ドリフターズ」で、今も息災なのは高木ブーと加藤茶の二人だけとなった。加藤は80代前半、高木は90代。10歳近い歳の差がある二人が並び立つ姿には、言葉では表しがたい哀愁と、それ以上に強烈な矜持が漂う。
二人の関係性は、メンバーが減ったからといって急に湿っぽいものに変わることはなかった。舞台裏では今でも、くだらない冗談を交わし、顔を見合わせては小さく笑い合う。「加トちゃんがいるから、僕もまだステージに上がれる」。その淡々とした連帯感は、戦友という言葉すら生ぬるい、半世紀以上もの時間を共有した者だけに許された神聖な領域だ。
「寝ていただけ」が生んだ伝説――計算されたマイペースという真実
ドリフのコントにおいて、高木ブーの代名詞は「居眠り」や「セリフの少なさ」だった。雷様のコントでも、いかりや長介と仲本工事が激しく掛け合う横で、グリーンの衣装を着たブーはどこか上の空でウクレレをつま弾いていた。かつて視聴者はそれを「怠け者」として笑ったが、その実、あれこそがグループの調和を保つ決定的なピースだったと多くの関係者が証言している。
強烈なエゴと才能がぶつかり合うコント集団の中で、全員が前に出ようとすれば船は沈む。誰かが引かなければならない。ブーは自ら進んで「引く美学」を体現した。慌てず、騒がず、怒らない。前に出すぎない勇気を持っていたからこそ、彼は熾烈な芸能界の荒波に呑まれず、心身の健康を保ったまま93歳という領域までたどり着けたのではないだろうか。
家族の支えと一人娘の存在――娘婿・孫と紡ぐ三世代の暮らし
高木の健やかな日々の裏には、家族による献身的なサポートがある。1994年に最愛の妻を亡くして以降、一人娘の寿々子(すみよ)さんがマネージャー役として、そして生活の伴走者として彼を支え続けてきた。
現在は娘夫婦や孫とともに暮らし、大家族の賑やかな声に囲まれて暮らしている。食事の管理からスケジュールの調整、ステージへの同行まで、娘の細やかな気配りがあるからこそ、彼は安心して「ブー」であり続けることができる。朝起きて温かいお茶を飲み、家族と言葉を交わし、好きな楽器に触れる。この極めて真っ当で温かな生活のリズムこそが、どんな高価なサプリメントよりも効く長寿の妙薬なのだろう。
若手クリエイターが惹きつけられる「枯れないポップアイコン」の魅力
ここ数年、高木ブーを取り巻く環境で際立っているのが、若い世代からの熱烈なリスペクトだ。ファッションブランドとのコラボレーションや、インディーズミュージシャンとのセッション、イラストレーターとしての個展など、彼が放つ独特の「ゆるさ」と「可愛らしさ」は、世代を越えてカルチャーアイコンとして再発見されている。
デジタルネイティブの若者たちにとって、昭和の熱狂を知らなくとも、90代の男が丸い身体でウクレレを抱え、ニコニコと微笑んでいる姿はただただ「格好いい」のだ。力んで自分を大きく見せようとする大人が多いなか、ありのままの自分を愛し、飄々と生きる彼の佇まいは、生きづらさを抱える現代人の目にどこまでも眩しく映る。
老いを恐れず争わない、高木流「脱力系」長寿の極意
世間は健康法やアンチエイジングの話題に事欠かないが、高木ブーの口からストイックな健康訓が語られることはまずない。「好きなものを食べて、嫌なことは無理してやらない」。そのシンプルな哲学は、ともすれば自堕落に聞こえるかもしれない。しかし、それを93年間実践し、今も笑顔で生き抜いているという事実が、何よりも説得力を持つ。
老いることを恥じず、失われていく若さに執着しない。加齢によって変化する自分自身を丸ごと受け入れ、その時々にできる最高の「マイペース」を貫くこと。高木ブーという男が刻み続ける年輪は、ただ長く生きることの価値ではなく、「いかに力を抜いて人生を面白がるか」という、人間にとって最も贅沢な答えを私たちに教えてくれている。 (出典: 高木 ブー 年齢(Yahoo!ニュース))