尾崎健夫の「再婚」を巡る真相と今――坂口良子さんとの死別から13年、72歳を迎えた“ジェット”が貫く矜持
尾崎 健夫 再婚というキーワードが、2026年を迎えた今もなおネットの検索窓に打ち込まれ続けている。男子プロゴルフ界の黄金期を兄・将司(ジャンボ)、弟・直道(ジョー)とともに牽引した「尾崎三兄弟」の次男、“ジェット”こと尾崎健夫。豪快なスイングと誰からも愛される人柄で昭和・平成のファンを沸かせた彼も、72歳となった。結論から言えば、現在に至るまで彼が新たな伴侶を迎えて籍を入れたという公的な報告はない。それでもなお、なぜ世間はこの男の「再婚」の二文字を追い求めてやまないのだろうか。
昭和から令和へと激動の時代が移ろう中で、尾崎 健夫 再婚というトピックが風化しない決定的な理由は、2013年にあまりに早すぎる旅立ちを遂げた女優・坂口良子さんとの純愛ドラマにある。10年を超える事実婚生活を経てようやく正式な婚姻届を提出した直後、容赦なく襲いかかった最愛の人の病魔。わずか数カ月で幕を閉じた夫婦生活の悲哀は、同時代を生きた日本中のファンの胸に深く刻み込まれた。残された側の人生はどう動いたのか、傷は癒えたのか――そんな大衆の尽きない関心と関心が交錯し、定期的な噂となって表面化しているのが実情だ。
亡き妻・坂口良子さんとの10余年――婚姻届提出からわずか数カ月での別れ
尾崎健夫と坂口良子さんの歩みは、平坦なものでは決してなかった。交際がスタートしたのは1990年代後半。前妻との離婚を経験していた尾崎と、同じく前夫との別れを経てシングルマザーとして二人の子供を育てていた坂口さん。大人の分別と、それぞれが背負う家族や仕事の重みが、二人の関係を長らく「事実婚」にとどまらせていた。
二人が晴れて入籍を果たしたのは2012年8月のことだ。実に10年以上の歳月を重ね、子供たちの成長を見届けた末の決断だった。「これでようやく本当の夫婦になれた」とテレビの会見で屈託のない笑顔を見せていた尾崎の姿は、今も多くの視聴者の脳裏に焼き付いている。
しかし、運命は残酷だった。入籍からわずか数カ月後、坂口さんの体調が急変。2013年3月、横行結腸がんおよび肺炎のため、57歳の若さでこの世を去ってしまう。病床で最後まで妻の手を握り続けた尾崎の落胆ぶりは、周囲の近親者が言葉を失うほど凄まじいものだった。法律上の夫婦であった期間は、あまりにも短すぎた。
なぜ今も「再婚説」が囁かれ続けるのか?浮上した噂の背景
坂口さんの他界から13年の月日が流れた。この歳月の間に、幾度となく「尾崎健夫が再婚したのではないか」「新しいパートナーがいるらしい」といった根も葉もない噂が浮上しては消えていった。
火のない所に煙が立つ背景には、いくつかの要因がある。第一に、尾崎の持つ天性の陽気さと社交性だ。シニアツアーやゴルフイベント、テレビ解説の現場で見せる軽妙な語り口と明るい笑顔は、一見すると深い悲哀を完全に乗り越え、新しい家庭を築いているかのような錯覚を抱かせる。
第二に、ゴルフ界関係者や知人女性との親交が、一部の週刊誌やネットメディアによって拡大解釈されたケースだ。クラブハウスや食事の場で女性と同席していたという些細な目撃情報が、尾崎のネームバリューと結びつき、「電撃再婚か」という過剰な憶測記事へといびつに膨らんでいった経緯がある。
だが、親しいプロ仲間やゴルフ関係者らの証言を総合しても、特定の女性と再婚へ踏み切ったという事実は一切ない。独身生活を淡々と送りながら、日々のルーティンとゴルフに身を捧げる生活を崩していないのだ。
坂口杏里をはじめとする遺族との関係性と距離感の現在地
尾崎の私生活を語る上で、切っても切り離せないのが、坂口良子さんの遺児たちとの関係性だ。とりわけ元タレントである長女・坂口杏里の動向は、長年にわたり芸能ニュースを賑わせてきた。
母の生前、尾崎は父親代わりとして子供たちとの距離を縮めようと懸命に努力していた。時に厳しく、時に優しく接し、家族としての絆を模索していたのは事実だ。しかし、絶対的な精神的支柱であった母親が突然いなくなったことで、微妙なバランスで保たれていた家族の歯車は狂い始める。
その後、杏里が芸能界を離れ、私生活でのトラブルが報じられるたび、世間の視線は義父であった尾崎に向けられた。だが尾崎は、いたずらにメディアを通じて口を開くことはしなかった。過剰な介入を避けつつも、決して突き放すわけではない――血のつながらない親子としての複雑な距離感を、沈黙という形で保ち続けてきたと言える。
2026年の現在、双方はそれぞれの道を歩んでいる。尾崎は義理の父親という重荷に縛られすぎることなく、しかし亡き妻への敬意を損なわない絶妙な一線を守り抜いている。
ジャンボ尾崎アカデミーと後進育成に注ぐ72歳の情熱
家族という枠組みが大きく変化した後の尾崎を救ったのは、やはり生まれ育った「ゴルフ」というフィールドだった。
兄であるジャンボ尾崎が主宰する「ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー」には、世界を目指す若き才能たちが集う。西郷真央や原英莉花をはじめとするトッププロを輩出し続けるこの梁山泊のような現場で、尾崎健夫の存在感は今も際立っている。
ジャンボの厳しい指導に対し、ジェットは持ち前のユーモアと温かい言葉でジュニアたちの緊張をほぐす。技術的なアドバイスはもちろんのこと、プロフェッショナルとして長く生き残るためのメンタルや身のこなしを、背中で語りかけるのだ。練習場に響き渡る彼の野太い笑い声は、後進たちにとって何よりの救いとなっている。
家庭を持つこととはまた違う、ゴルフ界の血族としての強い結びつき。兄や弟、そして未来ある教え子たちと過ごす時間こそが、現在の彼にとって最も濃密なライフワークなのだ。
シニアツアーと解説で見せる「ジェット節」健在の理由
トーナメントの解説席に座る尾崎健夫の声は、今も衰えを知らない。プレーヤーの心情に寄り添った的確な分析の中に、時折織り交ぜられる軽妙な「ジェット節」。難解なコースマネジメントを誰にでも分かる言葉で解きほぐす手腕は、視聴者から高い支持を集め続けている。
70代を迎えてもなお、自身のスイングの研究を怠らない姿勢は本物だ。飛距離が落ち、身体の可動域が狭くなる年齢にあっても、どうすれば効率よくボールを飛ばせるのかを貪欲に追求している。
「歳をとったからって、縮こまったゴルフをしてちゃ面白くないだろ」
かつてそう語った言葉の通り、シニアのオープン競技やエキシビションで見せるゴルフは今も攻撃的だ。私生活の哀歓をグラウンドに持ち込まず、ボールを打つ瞬間だけは少年のように目を輝かせる。その一徹なアスリートの魂が、周囲の同情やゴシップを自然と蹴散らしてきた。
生涯独身を貫くのか?孤高のレジェンドが選んだ「晩年の美学」
人は年齢を重ねるにつれ、孤独に対する不安から新たなパートナーを求めることがある。それはごく自然な人間の心理であり、尾崎健夫がもし再婚を選んでいたとしても、誰も彼を責めはしなかったはずだ。
だが彼は、その道を選ばなかった。彼にとって坂口良子さんという存在は、単なる「前妻」という言葉で片付けられるようなものではないのだろう。長い歳月をかけてようやく手に入れた絆であり、短くも濃密だった最期の時間を通じて、彼の人生観そのものを変えてしまった唯一無二のパートナーだったのだ。
再婚しない理由を、尾崎自身が仰々しくメディアに語ることはない。ただ、静かにゴルフクラブを握り、仲間と笑い、一人で家路につく。その飾らない背中そのものが、彼なりの亡き妻への誠実さであり、男としての意地なのかもしれない。
72歳、尾崎健夫。世間がどれほど彼の私生活を詮索しようとも、“ジェット”の心には、誰にも侵すことのできない青空がずっと広がっている。 (出典: 尾崎 健夫 再婚(Yahoo!ニュース))