規格外の母から生まれた表現者たち——平野レミの息子である和田唱と和田率が、令和のエンタメと食卓を動かす理由
平野 レミ 息子という言葉を耳にしたとき、多くの人がまず思い浮かべるのは、底抜けに明るい料理愛好家のあの笑顔だろう。ブロッコリーをまるごと皿に立て、フライパン片手に台所を駆け巡る母の姿。だが、その背中を見て育ったふたりの男たちに目を向けると、そこには全く別の景色が広がっている。ロックバンド「TRICERATOPS」のフロントマンとして時代を切り拓いてきた長男・和田唱と、クリエイティブディレクターとして食のプラットフォームを刷新した次男・和田率。2026年の現在、彼らはもはや誰かの家族という枠組みを軽やかに超え、各々の領域で替えのきかない表現者として独自の地位を築き上げている。
奇想天外な言動で周囲を巻き込む母のもとで育った彼らだが、世間が抱きがちな平野 レミ 息子というステレオタイプなイメージとは裏腹に、その歩みは驚くほど繊細で、どこまでもプロフェッショナルだ。父であるイラストレーター・映画監督の故・和田誠が残した静謐な美学と、母が放つ生のエネルギー。対極にあるふたつの才能が交差する食卓で、少年たちは何を吸収し、どうやって自らの輪郭を削り出していったのか。和田家という稀有な表現者集団の核心に迫る。
ロック界のフロントマンとして——長男・和田唱が鳴らす孤高のメロディと進化
3ピースバンド「TRICERATOPS」の結成から30年近く。和田唱のギターは、今なお驚くほど瑞々しく研ぎ澄まされている。
90年代後半の日本のロックシーンにおいて、彼らが持ち込んだ洋楽直系のドライヴ感と極上のポップセンスは異彩を放っていた。そのソングライティングの根底にあるのは、幼少期から父・和田誠のレコード棚を通じて浴びるように聴いたビートルズやアメリカン・ポップスだ。「家庭に音楽とアートが当たり前のように転がっていた」と語られる環境の中で、彼は誰に強制されることもなく、自発的にメロディの虜になっていった。
近年ではソロでのアコースティック活動やミュージカルの劇伴制作など、活動の幅はさらに深まりを見せている。母譲りの強烈な突破力を内に秘めながらも、アウトプットされる楽曲はどこまでも緻密で緻密。音の粒ひとつひとつに注ぎ込まれる執念は、職人のそれと何ら変わらない。
上野樹里との結婚で見せた「和田家流」の温かなパートナーシップ
2016年、女優・上野樹里との結婚が報じられた際、世間を驚かせたのはふたりの佇まいの自然さだった。トップ女優とベテランミュージシャン。華やかな肩書きの裏で、ふたりが築いてきた生活は拍子抜けするほど穏やかで地に足がついている。
互いのクリエイティビティを心から尊重し合い、SNS等で見せる日常の断片には嘘がない。何より象徴的なのは、上野が平野レミや和田家の面々と見せる屈託のない距離感だ。「嫁姑」という古くさい言葉が吹き飛ぶほどフラットで、まるで昔からの友人のように笑い合う光景。そこには、他人の個性を丸ごと受け入れる和田家特有の包容力がある。
パートナーの表現活動を誰よりも近くで誇らしげに応援する和田唱の姿勢。そこには、自分の足で立ち続ける自立した表現者同士の、極めて現代的な信頼関係が息づいている。
電通から食のベンチャーへ——次男・和田率が仕掛けた「remy」ブランドの革命
兄が音の世界を追求したのに対し、次男の和田率はビジネスとデザインの領域で才能を開花させた。
名門・電通でCMプランナーとして数々の実績を積み重ねた後、彼は突如として独立を選ぶ。そして立ち上げたのが、母・平野レミの知見を現代のライフスタイルに落とし込むブランド「remy」だった。彼が手掛けたキッチンツール「レミパンプラス」のヒットは記憶に新しい。単なるタレントプロデュースグッズではない。徹底的に使いやすさを計算し尽くした機能美は、グッドデザイン賞をはじめ数々のアワードを受賞し、一家の台所道具の概念を塗り替えた。
率の武器は、母の放つ「直感的な美味しさ」を、誰もが再現できる「仕組み」へと翻訳するロジカルな思考力にある。食育アプリの開発など、子どもの未来を見据えたプロジェクトを次々と仕掛ける彼の視線は、極めて冷静で、かつ温かい。
和田明日香との絆——料理家へと導いた夫のプロデュース力
今やテレビや雑誌で見ない日はない料理家・食育インストラクターの和田明日香。彼女の才能を最初に見出し、開花させたキーマンこそが夫である率だった。
結婚当初、キャベツとレタスの違いすら判別できなかったという明日香。そんな彼女に対して、平野レミは一切叱ることなく「伸び代しかない!」と笑い飛ばし、率は妻が台所で悪戦苦闘する姿をじっと見つめていた。生活者としてのリアルな視線、飾らない言葉遣い、そして何より食への素直な好奇心。妻の内に眠るポテンシャルに気づいた率は、彼女の個性が最も輝く道筋を丁寧に整えていった。
単なるマネジメントではない。お互いの得手不得手を理解し、補い合いながら、家族というユニットで新しい価値を世に送り出す。ふたりの共同作業から生まれるレシピやライフスタイル提案が同世代の圧倒的な共感を呼ぶ理由は、そのベースに本物の日常があるからに他ならない。
父・和田誠の静寂と母・平野レミの情熱:ふたりに流れる対極の遺伝子
和田兄弟を語る上で欠かせないのが、2019年に世を去った父・和田誠の存在だ。
物静かで、洒脱で、膨大な知識を持ちながらも決してそれをひけらかさなかった父。かたや、嵐のように喋り、直感で料理を作り、場の空気を一瞬で明るく塗り替える母。ふたりはまるで正反対でありながら、深い敬意で結ばれていた。
唱と率のふたりには、このふたつの血が絶妙なバランスで混ざり合っている。 情熱的に突き進む瞬発力は母から。 細部にこだわり、全体のバランスを美しく整える審美眼は父から。
激しさと静けさ。直感と論理。家庭という最も小さな社会の中で、両極端の優れた表現に触れ続けた経験が、兄弟にとってどれほど贅沢な学校であったかは想像に難くない。
家族という最小単位の自由——和田家が提示する生き方のヒント
「親の七光り」という手垢のついた言葉がある。だが、和田唱と和田率の足跡を見つめ直したとき、その言葉がいかに陳腐であるかを痛感させられる。
彼らは親の威光を借りて生きるのではなく、親が残した「自由であれ」という無言の教えを、それぞれの現場で泥臭く実践してきたに過ぎない。誰かと比べることなく、自分の心が躍るものに正直であること。失敗を恐れず、目の前の人を喜ばせることに全力を尽くすこと。
血縁という枠にとらわれず、嫁ぎ、加わった新しい家族までもがひとつの表現体として輝きを放つ和田ファミリー。個が分断されがちなこの時代において、彼らが体現する「縛り合わない連帯」は、私たちが家族や仕事とどう向き合うべきかという問いに対する、最も風通しのいい答えなのかもしれない。 (出典: 平野 レミ 息子(Yahoo!ニュース))