印籠を掲げ続けた男たちの昭和・平成・令和:2026年に再燃する「格さん」俳優たちの知られざる系譜
水戸 黄門 格 さん 歴代の俳優陣を振り返るとき、多くの日本人の脳裏に真っ先に浮かぶのは、あの静まり返るような威厳と、懐から葵の御紋を取り出す刹那の緊張感ではないだろうか。2026年、配信サービスの普及と4Kリマスター化によって、昭和から平成を彩った名作時代劇が思わぬ再評価の波に乗っている。SNSや動画配信のコメント欄には、かつて祖父母の膝元で見た風景を懐かしむ声だけでなく、初めて触れたZ世代からの「殺陣のキレが凄まじい」「立ち姿だけで格の違いが伝わる」という驚きの声が溢れている。
佐々木助三郎(助さん)の軽やかで遊び心のある色気に対し、渥美格之進(格さん)に求められたのは徹底した堅物さ、そして武士としての揺るぎない背骨だった。視聴者の間でいまなお議論が尽きない水戸 黄門 格 さん 歴代の変遷史は、単なる配役交代の年表ではない。それは、テレビという怪物が黄金期を謳歌し、時代劇が国民的ルーティンだった時代から現在へと至る、エンターテインメントの美意識そのものの移り変わりを雄弁に物語っている。
初代・横内正が築いた「生真面目」の美学:黎明期の劇空間を締めた舞台仕込みの骨太さ
1969年、記念すべき第1部で格さん役を務めたのが横内正だった。劇団俳優座出身の確かな演技力と、端正でありながらどこか厳格さを漂わせる佇まいは、まだキャラクターの輪郭が固まりきっていなかった『水戸黄門』という作品の屋台骨となった。
当時の演出は、後年の様式美に比べると泥臭く、リアリズムが色濃い。横内が演じた格さんは、融通の利かない一本気な若武者であり、旅先で出くわす理不尽に対して誰よりも真正面から怒りを燃やす男だった。約9年間にわたり演じ続け、東野英治郎が演じる人間味あふれる黄門様を支え切った横内の功績は計り知れない。彼が敷いた「格さん=愚直なまでの忠義者」というレールがあったからこそ、この役は時代劇屈指のステータスへと昇華したのだ。
2代目・大和田伸也の圧倒的眼光:「印籠出し」の様式美を完成させた5年間
1978年からバトンを受け継いだ大和田伸也は、格さんに新たな息吹を吹き込んだ。長身から繰り出される豪快なアクションと、腹の底から響き渡る重低音の美声。彼の登場によって、格さんの存在感は一段とスケールアップした。
大和田の時代に特筆すべきは、クライマックスの「印籠提示」が決定的なカタルシスへと洗練された点だ。「静まれ、静まれ! この紋所が目に入らぬか!」の咆哮は、テレビの前の子供たちまで直立不動にさせるほどの説得力を持っていた。短い期間ながら、彼が見せた鋭い眼光と張り詰めた空気は、今なお「もっとも武士らしい格さん」としてオールドファンの記憶に鮮烈に焼き付いている。
17年間の金字塔、3代目・伊吹吾郎:「格さん=伊吹」の象徴を焼き付けた肉体と包容力
1983年から2000年という、世紀をまたぐ17年間にわたって格さんを演じ続けたのが伊吹吾郎だ。放送回数は実に700回を超え、昭和後期から平成を生きた世代にとって、「格さん」の顔といえば伊吹吾郎以外の誰でもない。
伊吹の格さんは、強靭な肉体美と温かみのある風格が完璧に融合していた。悪党を片手でねじ伏せる怪力無双ぶりを見せつけながら、黄門様(西村晃、そして佐野浅夫)を見つめる瞳には深い慈愛が宿っていた。印籠を構える手元の静止した美しさは、もはや無形文化財の域だったと言っていい。彼が築き上げたイメージがあまりに強烈だったため、後任の俳優たちは皆、この「伊吹吾郎という巨大な壁」と対峙することを余儀なくされた。
激動の平成を駆け抜けた4代目・山田純大と5代目・的場浩司:スタイリッシュと無骨の狭間で
2000年代に入ると、時代劇を取り巻く環境は激変した。若年層の時代劇離れが叫ばれる中、4代目に抜擢された山田純大は、杉良太郎の長男という出自を持ちながらも、スマートで現代的な清潔感を打ち出した。伝統の重圧に押し潰されることなく、実直で誠実な青年像をフレッシュに表現した挑戦は、もっと評価されるべきだろう。
そして2003年、5代目として登場したのが的場浩司だった。それまでの「規律正しい武士」の系譜とは一線を画す、野性味とやんちゃさを秘めたキャスティングは世間をあっと言わせた。しかし、蓋を開けてみれば、不器用で情に厚く、黄門様を守るためなら命を投げ出す熱血漢としての格さんを見事に体現。時代劇がリアリティとエンタメの間で揺れ動いた平成中期、的場のアプローチはシリーズに強烈なカンフル剤を注入した。
BS時代への継承、荒井敦史が背負ったプレッシャー:2010年代以降のリアルと原点回帰
地上波でのレギュラー放送が幕を閉じた後、BS-TBSで復活を遂げたシリーズにおいて、6代目格さんを務めたのが荒井敦史だ。起用当時20代半ば。歴代でも指折りの若さでこの大役に挑んだ。
荒井の格さんは、まだ完成されていない若武者が、旅を通じて精神的に成長していく過程を丁寧に紡いだ。かつての昭和の重厚さをそのままコピーするのではなく、現代のアクション感覚を取り入れたスピード感ある立ち回りは、往年のファンを唸らせた。偉大な先達たちの影を背負いながら、泥臭くも清々しい格さん像を提示した彼の奮闘は、時代劇の技術と魂を次世代へと手渡す決定的な架け橋となった。
「助さん」人気に隠れた「格さん」の本質:なぜ男たちは渥美格之進に憧れるのか
大衆的な人気投票を行えば、女性にモテて要領のいい助さんが票を集めることが多い。だが、人生の酸いも甘いも噛み分けた大人たちが深く感情移入するのは、いつの時代も格さんの方だ。
格さんは理不尽に耐え、余計な自己主張をせず、組織の要として己の職務を全うする。そして最後の瞬間、ここぞという急所で天下の副将軍の威光を背負い、悪を断罪する。その姿は、現代の理不尽な社会で歯を食いしばって生きる勤め人たちの理想の鏡像でもあった。印籠の重みとは、そのまま格さんが背負った責任の重みだったのだ。2026年の今、私たちが彼らの軌跡を振り返るとき、画面の向こうから放たれるのは単なる懐古趣味ではない。己の役割を全うすることの気高さという、時代を超えた普遍のメッセージである。 (出典: 水戸 黄門 格 さん 歴代(Yahoo!ニュース))