令和の配信時代に再燃する「助さん格さん」の系譜――歴代俳優が紡いだ“最強バディ”半世紀の真実
助 さん 格 さん 歴代のコンビを振り返るとき、多くの日本人は単なる時代劇の脇役以上の熱狂を想起するはずだ。1969年の放送開始から半世紀以上。月曜夜8時のお茶の間を決定づけた『水戸黄門』において、主君・水戸光圀の両脇を固めた二人の侍は、日本型バディ・エンターテインメントの絶対的な原点となった。軟派で華やかな剣客・佐々木助三郎と、生真面目で怪力無双の堅物・渥美格之進。2026年現在、ハリウッド発の侍ドラマブームや4Kデジタルリマスター化を契機に、この「柔と剛」「動と静」の二重奏が国内外で再び強烈なスポットライトを浴びている。
テレビカルチャーの変遷を検証する際、ファンの間で議論が尽きない助 さん 格 さん 歴代のキャスティング史は、まさに昭和から平成、令和へと移ろう「大衆が求めた男の美学」の縮図そのものだ。視聴者がどの組み合わせに最も心を躍らせたかは、そのまま彼らが過ごした時代の空気感と分かちがたく結びついている。初代の張り詰めた色気、黄金期の円熟、そして後期の実験的な挑戦――歴代の勇姿を紐解くと、単なるマンネリ劇という世評を軽やかに覆す、俳優たちの凄まじい矜持が浮かび上がる。
初代から確立された「動と静」――杉良太郎と横内正が打ち立てた原点
すべての伝説はここから始まった。1969年、初代助さんを務めたのは当時20代半ばの杉良太郎。そして初代格さんには劇団俳優座出身の横内正。この2人が画面に放った緊張感は、後年の朗らかなトーンとは一線を画していた。
杉良太郎の助さんは、とにかく鋭く、そして妖艶だった。流し目一つで茶屋の娘を惑わし、ひとたび抜刀すれば残酷なまでに華麗。一方で横内正の格さんは、舞台仕込みの重厚な発声と揺るぎない眼光で、道中全体の規律を保つ要石となった。遊び人の軽さと、武士の厳格さ。この完璧なコントラストこそが、その後のシリーズを数十年にわたって規定する黄金比率となったのだ。
黄金期を築いた里見浩太朗と伊吹吾朗――国民的記憶となった「印籠」の重み
『水戸黄門』が名実ともに国民的怪物番組へと登りつめた時期、その中心にいたのが2代目助さんの里見浩太朗だ。第3部から第17部まで、足掛け16年にわたり助さんを演じ続けた里見は、役柄に「包容力」と「気品」を注入した。杉良太郎が持っていたアウトロー的な刃の鋭さを、里見は朗らかな笑顔と洗練された太刀筋へと昇華させたのである。後に彼自身が水戸光圀役を継ぐことになる事実も、この配役がいかに決定打であったかを物語る。
一方、格さんのパブリックイメージを決定づけたのは、3代目の伊吹吾朗だろう。大和田伸也の精悍な2代目を経て登場した伊吹の格さんは、まさに「人間要塞」の趣があった。胸板の厚み、低音の咆哮、そしてクライマックスにおけるあの所作――「静まれ、静まれ! この紋所が目に入らぬか!」。印籠を突き出す右手のブレのなさは、日本のテレビ史における最も堅牢なカタルシスとなった。
平成のバトンタッチ――あおい輝彦から原田・合田コンビが挑んだ新機軸
昭和から平成へと元号が変わる1988年、第18部から助さんを引き継いだのはあおい輝彦だった。アイドルグループの草分け「ジャニーズ」出身という出自を持ちながら、長身を活かしたダイナミックな殺陣と爽やかな笑顔で、里見時代とは異なる親しみやすさを提示。伊吹吾朗とのコンビネーションは12年におよび、番組の安定期を支え抜いた。
世紀をまたぐと、キャスティングは新たな挑戦を迫られる。4代目の岸本祐二と山田純大によるシャープな布陣を経て、第32部(2003年)からは原田龍二(助さん)と合田雅吏(格さん)のロングラン体制へ移行した。体育会系の快活さで女好きの顔をコミカルに演じた原田と、長身痩躯で知的なストイックさを前面に出した合田。長寿番組の重圧を背負いながら、ふたりは現代的なスマートさを伝統の枠組みに巧みに溶け込ませていった。
的場浩司が投じた波紋――シリーズ終盤に見せた「崩し」の美学
地上波レギュラー放送のフィナーレを飾った第42・43部(2010〜2011年)の布陣は、往年のファンを大いに驚かせた。東幹久の助さんに対し、格さんに抜擢されたのは的場浩司。それまでの格さん像といえば、謹厳実直な学究肌の武士である。そこへ、武骨で荒々しい風貌を持つ的場が投じられたのだ。
このキャスティングは、古典の解体と再構築を狙った明確な賭けだった。着物を荒々しく着こなし、力任せに悪漢をねじ伏せる的場の格さんは、既成概念を心地よく裏切った。型を守るだけでは生き残れない。テレビというメディアが激変する荒波の中で、スタッフと俳優陣が繰り出した最後のストレートパンチがそこにあった。
2026年の視点:グローバル配信時代に輝く「元祖バディ構造」の強度
世界的な時代劇ブームが定着した2026年現在、海外のクリエイターや視聴者が『水戸黄門』にアクセスした際、最も驚嘆するのがこの助三郎・格之進のシステムだという。『リーサル・ウェポン』や『バッドボーイズ』といったハリウッドのアクションバディものを遡ること数十年、日本はすでに毎週のテレビシリーズでこの完成された2人組を毎週機能させていた。
ひとりが町民の懐に飛び込んで情報を集め、もうひとりが帳簿を調べて不正を暴く。ひとりが剣を抜き、もうひとりが権威を示す。無駄を極限まで削ぎ落としたこのプロット構造は、言語の壁を越えて極めて現代的なエンタメとして機能する。歴代の俳優たちがそれぞれ持ち寄った肉体性と演技プランの蓄積があるからこそ、この古典的フォーマットは今なお錆びつくことがない。
役柄を越えて生き続ける魂――名優たちが刻んだ表現者としての足跡
助さん格さんを演じ終えた後も、彼らのキャリアはそれぞれに輝きを放ち続けている。杉良太郎は福祉活動と重厚な舞台表現で唯一無二のポジションを築き、里見浩太朗は時代劇の生ける伝説として後進を牽引。横内正はシェイクスピア劇など本格舞台の演出・主演で演劇界に確固たる足跡を残している。
あるいは、原田龍二がバラエティ番組で見せる飾らない人間味や、伊吹吾朗の威厳あるナレーション。彼らが画面に映るたび、視聴者の脳裏にはあの旅装束の凛々しい姿が一瞬にしてフラッシュバックする。助さん、格さんという役は、俳優にとって単なる通過点ではない。一度その印籠と刀を託された者は、日本人の無意識に深く根を張る「正義と情愛のシンボル」として、生涯愛され続ける特権を得るのだ。 (出典: 助 さん 格 さん 歴代(Yahoo!ニュース))